第21回 千葉の海と漁業を考える会 平本紀久男雄さん

海を一番よく知っているのは 沿岸漁業の漁師たち。 彼らの視点や知恵を生かして、 豊かな海を取り戻そう。

プロフィール
1940年生まれ。北海道大学水産学部卒業後、1962年千葉県水産試験場に入り、イワシの資源調査や漁況予報に従事、「イワシ予報官」として絶大な信頼を集める。1989年より主任研究員兼海洋資源研究室長。2000年に退職し、「千葉の海と漁業を考える会」を立ち上げ、沿岸漁業者の支援と、海岸の保全を調査・提言する活動をおこなっている。著書に、『イワシ予報官の海辺の食卓』『イワシの話』『イワシの自然誌』『大船頭の銚子イワシ話』『私はイワシの予報官』『マイワシの生態と資源』など。趣味は山登り。

平本紀久雄さん

イワシを数値データではなく、生活史全体でとらえる

 千葉県水産試験場で、およそ40年間にわたって、「イワシ予報官」として活躍してきた平本さん。退職後の現在は「千葉の海と漁業を考える会」の代表として、地元の海を一番知っている漁業者の視点から、沿岸の自然環境を保全し、豊かな海を守っていこうと呼びかけている。“イワシ屋”の目に、海と魚をめぐるいまの状況は、どんなふうに映っているのだろうか?

──イワシの漁況予報に長年たずさわっていらっしゃいましたね。

 1962年に千葉県水産試験場で働きはじめました。当時は新人養成の仕事がイワシでしてね。毎日のように館山港に出かけて、カツオ釣りの餌買いさんといっしょに伝馬船に乗せてもらって、餌用のイワシの生け簀場を見てあるきました。そこで浮いたイワシをもらってきて、体長や体重のデータを取るんです。3か月に一度ぐらいは、調査船に乗り込んで、魚卵やプランクトンを採集したり、海洋観測にも出かけました。そういったデータを水産庁の水産研究所に送っていたのです。早い話が国の下請け仕事。でも3年ほど経ったころ、データを取るばかりでは全然の漁業に還元されないじゃないかという批判が全国的に起きて、漁民に役に立つ漁況予報をはじめることになったわけです。

──天気予報みたいに、魚がどれくらいとれるかを予測する仕事。

 毎日顔を合わせる漁師や船頭さんから、「お前の予報は当たらない」と言われちゃあ、たまりません。なんとかして漁業者の経験則を超えるものをと、必死に取り組みました。研究室にこもってデータをにらんでいても分からない。現場の体験がモノをいうんです。数字で把握するのではなく、イワシを生き物として、その生活史全体をとらえるようになってきてようやく予報が当たりはじめました。ちょうどマイワシが増えはじめた時期に重なっています。

──マイワシは70年から100年の周期で豊凶をくりかえすと聞いています。当時は毎年のように豊漁で長らく庶民の味方だったのに、最近ではどうかすると1尾千円もする“高級魚”になってしまいました。

 15年前の1988年の450万トンをピークに、1990年代なかばから不漁になり、昨年は数万トンと最盛期の2〜3%に落ちてしまいました。

グラフ

──温暖化など環境の変化や、乱獲のせいだという話も聞きますが……。

 気候や海況などの環境変化や人為的な乱獲はたしかにマイワシがとれなくなった原因のひとつではありますが、生き物に都合のいい環境だから増えて、悪いと減るといった単純な話じゃないんですね。それではすぐに生物は死に絶えてしまいます。あるいは、他の魚に食べられたからいなくなったということでもない。生態系は、もっと複雑で幅の広いものなのです。
 マイワシの場合、資源量が減った最大の原因は、増えすぎたことにある。栄枯盛衰の仕組みがイワシの中にあるんです。マイワシは増えると、産卵場所も、エサ場も、親になるまでの時間も、大きさも全部変えます。成長速度を遅らせて、分布域を広げる。こうして資源量が極限に達したあとは、ちょっとした環境変化によってカタストロフィーをおこして激減する。でもマイワシの増減のプロセスはだいたいつかめたのですが、何がきっかけで増えるのかは今もって分かりません。決め手になる答えがまだ出ていないのです。

──漁獲調整によってイワシの資源管理をすることはできないんでしょうか?

 マイワシのように、100万トンものオーダーで大変動をおこす回遊魚の資源管理は不可能ですね。もっとも太平洋側のマイワシについては、生後1年の時点で精度の高い漁況予測ができるようになりましたので、その後の発育(成長)段階ごとに漁獲制限をしていけば、ある程度コントロールすることはできるでしょうが…。

漁業者がいないと海は荒れる

漁況予測をするためには館山だけを見ていては分からない。平本さんは館山から銚子までの九十九里の海岸160kmを、月に何度も往復することになる。最初は重いクーラーボックスをかついで鉄道で、その後自動車で通うのだが、いつの間にか砂浜に階段式の斜路ができたり、離岸堤や突堤など海岸がコンクリートで覆われていくことに気づくことになる。

──千葉の浜の移り変わりを目にしてこられた40年でもあったわけですね。

 九十九里は日本で2番目に長い砂浜で、以前は最大で幅100m近い広大な砂浜が広がっていたのに、ここ数十年で急速に海岸が浸食されて砂浜がなくなりつつあります。これではいけないと、テトラポッドを置いたり、離岸堤を設けたりしていますが、全般に砂の供給が減り、また予想もしないところに砂が堆積したりして、沿岸漁場はいたるところで悪くなっています。以前は白砂青松の浜にアカウミガメが産卵に来たのに、浜にたどりつけなくなった場所もあります。
 千葉に限りません。日本全国あちこちで、重工業を重視して沿岸漁業を切り捨て、内海はもとより外海まで埋め立てて臨海港湾を建設することで、干潟や砂浜をけずってきた。その結果、沿岸漁業が衰退し、海を日常的に見る人が減って、ますます海岸が荒れてきたわけです。高度成長以来のツケが、いままわってきているんじゃないでしょうか。

──千葉の海と漁業を考える会を立ち上げられたのは?

 私は海のことや浜の暮らしについて一番よく知っているのは漁業者だと思っています。そこで漁業者の視点から、海をどう守っていくかを考えたい。浜おこしの応援団になろうと思ったのです。たとえば、人工リーフを建設するかどうかを検討する集まりで、それに反対する漁師さんは、「ここを埋め立てるとこちらに砂がたまる。この場所は魚がエサを食べにこう入ってくる」と実によく海流や魚の生態を知っている。大学の先生や研究者なんて、足もとにもおよびません。そんな漁師の知恵を、海岸保全に生かしていきたい。

──漁師の知恵といえば、以前、『大船頭の銚子イワシ話』という聞き書きをまとめられましたね。

銚子や波崎の船頭たちから「治郎吉の大船頭」と慕われた鈴木正次さん(ことし86歳)の話をまとめたものです。北部太平洋海区きっての名船頭として40年間ならした人で、肌でイワシの習性を知っていました。彼から伝授されたイワシや海の深い知恵は、イワシを研究する上で血肉になったように思います。

──いま、沿岸漁業は元気なんでしょうか?

いま漁業に従事しているのは日本全国でわずかに26万人。しかも毎年数千人単位で減り続けています。漁業の食料自給率も2年前のデータで51%にまで落ち込んでしまった。考えてみれば戦前と1980年代とイワシの豊漁は二度ありましたが、1980年代の豊漁でお大尽になった人はいません。一次産業の地位が低くなって、イワシの価値もすっかり下落してしまったのです。戦前は、あらゆる工業にイワシの油が使われて、肥料としても活躍したけれど、現在は家畜や養殖魚の餌や食料以外の用途はありません。今後たとえばイワシを食べたらアルツハイマーにならない、といった食料以外の価値が出てこないと、この先マイワシが20〜30年後に再び豊漁になっても、漁業に活気は出てこないでしょう。
 養殖漁業は儲からないとやりませんから、不景気のいまは低調ですし、栽培漁業をもり立てようと高級魚の稚魚を育てて大きくなってから海に放しても、生態系にも問題だし、資源回復にはならない。結局、沿岸漁業が成り立つような自然環境を守っていくことが一番の近道です。消費者も、どこの魚だって切り身なら一緒という考え方をやめて、魚も誰がどこでとったものか、身土不二(体と土は一つだという考え。つまり、自分の住む土地でとれた旬のものを食べる)を基本にすれば、一次産業は安定するんでしょうが……。

──沿岸漁業を守れ!のかけ声だけでは、一般の人の関心もなかなか高まらない。

 そこで、「正論」も大切だけど、「食い気」で釣ろうと、このあたりの浜でとれるいろいろな魚介類を使った浜のおかずを掘り起こして新聞の連載やイベントなどで紹介しているんです。「ハコフグ」は内臓をとってさんが焼きにするとおいしいとか、「アメフラシ」は味が淡泊で、アワビとまではいかないけど、シコシコしているとか、「ゴンズイ」は味噌汁の具にピッタリだとか。イソギンチャクを食べる料理が富津にあるというので、こんどチャレンジしてみようと思ってるんです。食い気で誘って、海に興味をもってもらおうというわけです。

──食べられるかどうかって、いろいろな生き物が暮らしていることに気づく第一歩ですね。

 私たちは、自然保護イコール目に付きやすい美しいもの、あるいは希少なものと思っているふしがありますが、私は身のまわりにごくふつうに見える風物や生き物と日常的にふれあうことがもっと大切だと考えています。先頭に立って旗を振るのは好きじゃないので、一市民として少しでも海やイワシなど身近な魚に興味を持ってもらえるお手伝いができたらいいですね。

 埼玉県で育った。小学校5年生のときに修学旅行で初めて海を見て感激。船乗りになろうと北大へ進んだものの、船酔いするのと、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』を読んで、今の道に進むことになったという。館山市にあるご自宅の書斎からは海が見える。この海を漁師とともに守っていきたい。そのために漁業者同士、行政や他産業との調整などのコーディネーター的な役割が果たせたら、と静かに語ってくださった。
タカアシガニ
玄関先にタカアシガニの魔よけが置かれていた。

関連リンク



環境gooについて
環境gooからのお知らせ
新着一覧NEW
メールマガジン登録
RSS配信UP
イベントカレンダーUP
教えて!goo 人気のQ&A (自然環境問題)
太陽(月)が大きく見える理由
第1位の質問
2012年地球滅亡について。。。
第2位の質問
地震の無い国
第3位の質問
中国が誇る七色の川とは?
第4位の質問
よくある質問
このサービスのよくある質問です
1 環境gooで環境に関する有益な情報を探したい
2 環境gooでイベントを告知(PR)してほしい
テーマで探す今週のレシピ - gooグルメ&料理
ヘルシーレシピヘルシーレシピ「免疫力アップを目指す」。免疫細胞の材料になるたんぱく質、腸を元気にする食物繊維や乳酸菌、皮膚や粘膜を強化するビタミンAなどの栄養素をバランスよく摂取
goo ヘルスケア:健康コラム・レシピ
豆腐のステーキ 野菜あんかけ - レシピ
ビタミン・ミネラル豊富で低脂肪・低エネルギー。千切り野菜のあんかけで熱々をたっぷりと!
ボディメンテナンス・ダイエット 8 - フィットネス&リラックス
筋力と心肺機能を同時に高めるサーキットトレーニング
gooのお知らせ
goo電子書籍特集ダウンロード不要の電子書籍サービス。立ち読み無料♪無料会員登録はこちらから
gooトップページ「アクエリオンEVOL」の声優さんらのサイン入りレアグッズが当たるキャンペーン実施中!
gooサンプリング特集謝礼や購入金額の100%キャッシュバックも!お買い物モニターで得しちゃおう♪
IE9.0goo版「Internet Explorer 9.0」「高速×安全×便利」でgooへのアクセスがさらに快適に
教えて!オフィスICTまるごと相談事業所のお客様のICTに関するお困りごとについて、お気軽にご相談ください
gooサービス
ダイエット 妊娠・出産   子育て   ビジネスコラム   プレスリリース   教えて!   音楽   歌詞   エコ   転職   アルバイト   懸賞   株価   保険   地図   乗り換え案内   天気   郵便番号 恋愛相談   婚活   不動産   賃貸   中古車   バイク   講座   資格   旅行   国内旅行   海外旅行   レシピ・料理