
|
 |
 |
江戸時代の主なエネルギー源は人間の労力と薪炭でした。現代のように電力によって暖房したり、ガソリンによって車を走らせる生活はしていなかったのですから、化石燃料など必要ではなかった。樹木や米、野菜などの植物を育てるのは太陽です。その太陽エネルギーが育てた木を燃やしてご飯を炊き、炭を利用して暖をとった。
江戸時代の人々は、基本的に太陽エネルギーの範囲で生活をしていました。去年の太陽エネルギーで約8割、過去3年間で考えれば、生活必需品の95%はまかなっていたでしょう。たとえば、火鉢やこたつに使う木炭は、何年もかけて育てた森林を切ってつくるのではなく、次々に生えてくる雑木を農業のような形で利用するだけでしたから、その年の太陽エネルギーが育てた範囲で収まっていたのです。照明も菜種油など、植物の油が中心です。また、道具なども木や竹、藁などでできたものが多く、太陽エネルギーでまかなえなかったのは、石、金属、陶磁器などの鉱物でできたものくらいです。
当時の武蔵野には雑木林が広がっていました。江戸時代の武蔵野の林は、大昔からはえている自然林だろうと考えがちですが、江戸以前の武蔵野は、ぼうぼうと見渡す限りススキが生い茂る野原だったのです。武蔵野の林は人工的な平地林で、もともとは開拓農民が防風林や自分の家で使うための燃料用あるいは落葉で堆肥を作るために植えたものでした。
それが次第に自家用だけではなく、江戸の町に出荷するための薪や木炭、建築素材などに発展していったのです。薪を燃料にしていたというと、今の感覚では木を切って自然を壊していると思うかもしれませんが、江戸時代の人々は植物を上手に管理し、自然を破壊しない範囲で利用していたのです。
私たちは薪を燃料にしていないので実感に乏しいと思いますが、今、日本の山林に生えている木を人口で割って見ると、一人当たり50トンになります。木の成長率は平均すれば年約5%ですから、それで計算すると毎年2.5トンの配当がつくことになる。この2.5トンの薪を燃やすとどのくらいのカロリーを得ることができるかというと、約1000万キロカロリーです。
私たちは、年に4000万キロカロリーを使っていますから、薪をエネルギーに使えばその4分の1をまかなえることになります。江戸時代の人口は現在に比べて約4分の1ですから、一人当たりの木の割当量も4倍になるので、ちょうど総エネルギーを薪でまかなえることになるわけです。
しかも、この計算は江戸時代の人が現代人と同じ量のエネルギーを使っていると仮定しての話であり、恐らく江戸の人々は、現代人の何百分の一しかエネルギーを使っていなかったでしょう。
その上、少なくとも1700年以降の江戸時代の森林面積は、現代よりもかなり広かったはずですから、木の成長率よりもずっと少ない使用量でエネルギーをまかなっていたはずです。こうしてみると、木を伐採したといっても、その量は成長量の何百分の一程度だったのではないでしょうか。
江戸の人々は、自然について現代人よりもよく知っていたと思います。木を切る場合にも根元から伐採しない。そのため、武蔵野の雑木林は9年、10年といった年数で元に戻ることができます。このように、江戸の人は自然のリサイクルによって、エネルギーをまかなう方法を身につけていたのです。
|
 |
|
|
関連リンク
|