リスクコミュニケーションの確立に向けて
インタープリターとしての役割
科学の目的は人類の幸福に貢献するではないでしょうか。ところが、非常に狭い学会の中で議論して、わかったことも社会になかなか伝えられないんですね。それをもっとわかりやすく市民に伝え、社会に還元する方法はないものか? そのために私は、研究者と一般の人をつなぐインタープリターとなれるのではないか、と考えたんです。もちろん、聞いて伝えるだけでは限界があるので、もう一回きちんと勉強したいな、と考えていた頃でした。大学院に入りませんか? という誘いを受けたんです。期限付きの非常勤だけど、企業からの寄付講座の助手のポジションもいただけることになったので、新聞社を辞めて2001年に千葉大学の森先生の教室にきたわけです。
博士論文のテーマは、リスクコミュニケーションです。リスクコミュニケーションによって、汚染物質の人体への暴露量を削減して、将来の世代の健康を改善する、というのが大きなテーマです。リスクコミュニケーションというのは、新しい分野で、定義も定まっていないんですが、私の考えるリスクコミュニケーションは、リスクを正確に伝えることによって、その人たちの行動を変えて次の世代の健康を守る、ということだと思います。特に、これから子どもを産み、育てていく世代に役立ててもらいたい。リスクは好ましくないことの起こる率であり、リスクのない世の中はありえません。しかし、リスクを知ると知らないでは、その後の行動が違うと思います。リスクを知った上で、次の行動を変えるか変えないか、それはその人の選択に任されます。「リスクはあるけれども自分にとってはこの選択が必要だ」と思えば、そのリスクを選択すればいいのです。
化学物質のリスクをいかに減らすか
しかし、人工化学物質を不必要に多用するとこんな問題があるんですよ、と教えて、それが実際に行動につながるかというと、若い人ほど行動につながらないんですね。若い人ほど、お化粧をたくさんしたい、髪も染めたいし、タバコも吸いたい。数多くの微量の化学物質に暴露する(さらされる)化学物質の複合汚染によってどんな人体影響があるかは、いまのところ証明できません。でも、いろんな種類の化学物質が生活の中に入りこんでいる中で、アレルギーやアトピーが増えている状況は事実としてある。だから、不必要なものはなるべく使わないようにしましょう、ということは訴えていきたい。みなさん、無意識のうちに防虫剤や防臭剤を使ってますよね。何となく使っている。でも、防虫剤や防臭剤は本当に必要なのか? 畳の下には防虫シートが敷いてある。それも、本当に必要なの? という問いを発していきたい。
実は、私自身が化学物質過敏症気味なんです。小さなボックス家具を買ってしまったときはひどい目に遭いました。しばらく天気の良い日に外に置いて干したりして薄めてはみたんですが、そのボックス家具を買って以来風邪みたいな症状が続きました。微熱が出て、のどが痛い。風邪薬を飲むと改善するのですが、止めるとまた再発する。最初はその家具のせいとは気づきませんでしたが、1週間ほど出張すると改善したことから、家具のせいだとわかりました。結局、気にならないという人に差し上げました。すると、私の方の症状も急激に治まりました。それから、蚊取りマット。これも、近くで使うと手や舌がしびれてくる。大人であれば、具合が悪くなってきたら、使用を止めればいいわけですが、たとえば乳児は自分では何らかの症状が出ても訴えることもできないし、殺虫剤を避けることもできません。そういうものを乳幼児のいる部屋で使っても本当に大丈夫なのだろうか?メーカーは、「お子様を守るために」とコマーシャルしているけれど。 実際に症状の出る赤ちゃんは数パーセントかもしれませんし、人で因果関係を明らかにすることは非常に難しいのです。でも、そういう可能性があるものだから、無自覚に使うのは止めましょう、ということです。
各種のアレルギーやぜんそくも非常に増えています。アレルギーやぜんそくはすぐに命に関わる病気ではありませんが、一つのアレルギーがあるだけでも、非常に不便な生活を強いられます。私の弟は小児ぜんそくでしたが、ぜんそくって、周囲は見ていられないですよね、苦しそうで。そういう人たちを少しでも減らすためにも、リスクコミュニケーションは役立つのではないかと考えています。