第二部何のためのリサイクル


安井 至
東京大学
生産技術研究所教授
プロフィール
1945年東京生まれ。1968年東京大学工学部卒業。73年同大学大学院博士課程修了。90年から東京大学生産技術研究所教授。専門は環境材料科学、材料設計法、環境総合指標。
93年〜97年まで文部省の研究プロジェクト「人間地球系」環境研究の統括代表を務めた。著書に「市民のための環境学入門」(丸善ライブラリー)ほか。
「市民のための環境学ガイド」は、センセーショナリズムや環境原理主義的なアプローチを排し、バランスの取れた科学的な環境リテラシーを育むために必見のホームページ。
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発言要旨
容リ法は、自治体のゴミ処理行政にとっての損得で分別収集の方法がことなっており、全国一律に機能していないという大きな欠陥がある。自治体は脇役にまわり、受益者である事業者と消費者だけが関与する仕組みとすべきだ。
容器ごとにリサイクル率の目標を定め、目標に達しない場合は課徴金というシステムが望ましいと考える。現在リサイクルをめぐる議論に混乱があるが、リサイクルは資源やエネルギーの投入量を減らすことが目的のはず。LCAをその指標とすべきだ。
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4月から紙やプラスチックも含めて完全実施となったわけですが、まず、容リ法にのっとった形で分別回収を実施している市町村があまりにも少ない。これをどう判断するかでしょうね。
たとえば秦野市はマヨネーズ容器まで洗って出せと住民に要求している数少ない市ですが、ここは焼却炉の能力が低い。住民に負担を強いてでも、容リ法の枠組みにしたがってプラスチックを集めた方が、処理をせずにすむのでトクなんですね。
いっぽう、大型焼却施設があるとか、最終処分場に余裕があるところなら、分別などしないでまとめて燃やした方がゴミ収集の負担は少なくて済む。そういう市町村は、完全実施になっても当面は様子見でいいや、ということになる。
市町村によってあまりにもスタンスが違う。自分のところのゴミ処理行政にとって、どちらが有利かでしか動かないわけです。ペットボトルとガラスだけのときは目立たなかったけれど、完全実施となったとたんに、この実態が明らかになったといえるでしょう。
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現時点ではマイナス面しか見えませんね。家電リサイクル法は、受益者である事業者と消費者が関与して、地方自治体は脇役です。ずっとすっきりしている。
たしかに自治体がゴミ処理で果たしてきた役割や、一般廃棄物の免許の権利関係など、むずかしい面があるけれど、日本全国均一に同じ法律で縛らなければ効果はありません。
もともとアルミ缶やスチール缶などの容器は、昔からリサイクルの取り組みがなされてきた。それによって社会的な需要を押し上げてきた経緯がある。ところがペットボトルは、自主的な取り組みがなされないまま、容リ法の傘のもとで需要を拡大してきているわけです。
だから、ペットボトルなら50%、ガラスびんなら60%、スチール缶なら70%などと、容器ごとにリサイクル率を設定して、事業者に回収・再商品化の責任を課し、そのコストは消費者が間接的に負担するという形がいい。
定められた数値に到達しなかった容器については課徴金を上げるという仕組みがベストだと思います。
ただ、包装材のようなペラペラしたものについては、素材ごとに集めるのは不可能です。トレーに使われるスチレンなどは一部マテリアルリサイクルも可能かもしれませんが、その他のプラスチックは結局のところ高度熱回収しかない。
だから、いまの枠組みで、極力市町村の関与をなくす方法で考える。事業者には、中身を作っている事業者と容器を作っている事業者と2種類ありますが、中身メーカーまで入れると把握しきれないから、
包装用資材メーカーに一律負担させる仕組みでいいんじゃないでしょうか。 |
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──高度熱回収もまぁリサイクルといえばリサイクルですが、そもそも何のためにリサイクルをするのでしょう。リサイクル反対論も聞こえてくるわけですが。
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循環型社会形成推進基本法が成立したといっても、循環して何をするかが見えていない。実はちゃんと議論されてすらいないのです。
私は、リサイクルの最大の目的は、人間社会が使っている資源やエネルギーの投入量を下げることにあると考えます。現在の容リ法は、投入量を下げるというよりは、排出量を下げるために、エネルギーを投下してもリサイクルループを回そうとしている。
容器包装をゴミ問題として捉えているわけです。
リサイクル反対論には2種類あって、ひとつはお金がかかる。もうひとつは、リサイクルするにもエネルギーが必要だから、エントロピーの観点から意味がない。どちらもある程度は事実です。
ただ、一番目のコスト論については、動脈側が合理化されているから人件費が安いのに対して、静脈側は人件費の割合がほとんど。人件費を組み込んだ形でコストを比較するのはそもそもルール違反なんです。
では、人件費を省いたところで、ゴミ処理やリサイクル費用をどう考えるか? 静脈側をどう整備していくか?
私は、日本の製造業が海外移転をはじめ、空洞化しつつあるという状況の中で、リサイクルを産業化するという意識をそろそろ明確にすべきだと考えています。
たしかに労働集約型ではありますが、日本の将来の資源戦略・エネルギー戦略を考えると、リサイクルループの静脈側を確保しておくことは、ひじょうに意義がある。
静脈が確立していなければ燃やすしかないわけですが、若干のエネルギーの投入でリサイクルの輪が回るなら、持続型の社会をつくるうえでもリサイクルすべきです。
現在はエネルギーが安いからコスト的に成り立たないとしても、将来はどうなるか? 資源・エネルギーの投入量を制御するオプションとして、リサイクルを考えていくことが大切です。
もちろん、すべてのリサイクルがいいと言っているわけではありません。現状では、ペットボトルのリサイクルなど、たしかにエネルギー的に見るとリサイクルの価値がないものは多い。
でも、それは使用量そのものを減らしたり、他の容器に転換することで環境負荷を低くする方向に誘導すべきであって、燃やせばいいとなると、大量生産、大量消費の構造は変わらず、さらにドライブがかかるだけです。
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──環境負荷の低い容器への変更ということでは、先生が座長を務められた「容器間比較研究会」で、LCA(ライフサイクルアセスメント)を使って容器ごとの環境負荷を比較なさいましたね。
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ええ。ペットボトル、ワンウェイのガラスびん、リターナブルびん、アルミ缶、スチール缶、紙パックとで、エネルギー消費量や水の使用量、大気汚染物質や水質汚濁物質の排出、ゴミになるかどうかなどの観点からそれぞれを比較したものです。
詳細は私のホームページをご覧いただくとしてLCA的に低いのは、リターナブルびんと紙パックです。
リターナブルびんは輸送に関わる環境負荷が高いといわれるけれど、エネルギー消費量はいちばん低い。紙パックは水質汚濁物質が高いが、ほかはまぁ問題ない。その他の容器はエネルギー的には似たりよったり。
結局容器の負荷というのはゴミとしての環境負荷であって、そうなるとワンウェイびんが重量でいうと重いから不利になる。もっとも、ゴミの質ということになると、ガラスを埋め立てた土地の上には住むことができるが、
プラスチックの埋め立て地では、地盤が半分ぐらい沈んでしまう。ま、どっちもどっち。 |
──リターナブルびんを5回再使用するという前提になっていますが、現実にはそんなに回らないのでは?
その通りです。リターナブルびんは、牛乳びんとビールびんを除いて死に絶えてしまった。
そもそもリターナブルびんを回すのは、中身メーカーが決められることではないんです。リターナブルびんは、流通に負荷がかかる。消費者から戻ってきた空きびんの置き場所もない。
だから、これは法律で流通側に強制するか、あるいは流通側が意識改革をして、セブン−イレブンリターナブルびんとか、ローソンびんとか、プライベートブランドとして出てこないとダメでしょう。コンビニ同士の連合軍でもいいわけですが。
──便利を求め、使い捨てを選択してきた、消費者の意識も問われてきますね。
ええ。冒頭、秦野市ではマヨネーズの容器まで洗って出せと住民を指導しているといいましたが、これは行政はわかってやっているんだと思うんですよ。
負担を強いることによって、もっとリサイクルしやすい容器に変更せよという要求が、市民からの声として澎湃と沸き起こって、メーカーへの圧力になることを期待している。でも、秦野市だけではダメなんであってね、やはり社会全体の圧力にならなければ。
容リ法は出直すべきだ、それが私の結論です。 |
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