第4回 深海に生きる不思議な生物たち

インド洋で熱水噴出孔を発見する

 化学合成生物群衆が生存する熱水噴出孔は、世界の海のどのあたりにあるのか、土田さんは地図で示してくれた。アルビン号の発見以来、熱水噴出孔は東太平洋、西太平洋、大西洋の海嶺や海底火山の周辺で発見されていたが、最近までインド洋では発見されていなかったという。
 
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インド洋の熱水噴出孔を説明する土田さん
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無人探査機「かいこう」(写真提供:海洋科学技術センター)
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熱水噴出孔付近にたちのぼるブラックスモーカー(写真提供:海洋科学技術センター)
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エビの乱舞(写真提供:海洋科学技術センター)
「それまでも、インド洋には熱水噴出孔があるのではないかと、世界中の研究者が想像し、探査していたのですが、見つけることができませんでした。インド洋で最初に発見したのは、私たち日本の調査団でした」
 
 2000年8月、無人探査機「かいこう」は、インド洋の水深2450mで熱水の噴出孔を発見。そのとき、研究者の一員として調査に参加していた土田さんは、世界で初めてインド洋の熱水噴出孔や化学合成生物群衆を見ることができたのだった。
 
「1ヶ月くらいインド洋を航海したのですが、そのほとんどは熱水を見つけるための事前調査に費やしました。周辺の海域で採水して、海水中に熱水の成分が含まれているかどうか調べたり、曳航式のテレビカメラで海底を舐めるように探査していきました。その結果、採取した海水には、熱水の成分が含まれていることがわかりましたが、その熱水がどこから流れてくるのか特定できませんでした。テレビカメラの映像を見ても、荒涼とした感じで熱水噴出孔が近くにあるような雰囲気ではありませんでした。しかし、1地点だけ小さなイソギンチャクの群れが確認でき、わずかに期待はふくらみましたが、まだ熱水噴出孔が近くにあるという確信をもつにはほど遠いものでした。
 
 時間ばかりが過ぎてしまい、調査の期間も残り少なくなってきたときに、最後に無人探査機「かいこう」を投入することを決断しました。「かいこう」は、緻密な調査ができるのですが、曳航式のテレビカメラよりも調査できる範囲が狭いため、この調査に切り替えるのは、一種の「かけ」でした。「かいこう」で、前述のイソギンチャクの群へと向かうと、遠くのほうで黒いものと白いものがざわめいているのが見えました。しばらくすると、「チムニーだ!」「熱水だ!」「ツノナシオハラエビだ!」という歓声とともに拍手喝采が起こりました。黒く見えていたものは、墨汁のような真っ黒な熱水、いわゆるブラックスモーカーでした。それは360℃もの高温で、轟々と音を立てるかのように勢いよく噴出していました。白く見えていたものは、ツノナシオハラエビという熱水性のエビで、チムニーの周りを隙間なく覆い尽くすような大群でした。
 
 この航海に参加する前に、もしインド洋で熱水噴出孔が発見できれば、これまでに知られていないインド洋独自の生物がたくさん見つかるだろうと期待していました。ところが、それらの生物を見てみると、ほとんどのものが新種ではありましたが、大西洋の熱水域で報告されている種類に近縁なもの、太平洋の熱水域で報告されている種類に近縁なものが混在していて、インド洋独自の種類というのはほとんど見つけることができませんでした。これは、熱水噴出孔生物群集が各大洋で独自に発生、進化したのではなく、種の分化や伝播が大洋間でも起こっていることを示しています」
 
 熱水噴出孔生物群集はどこから発生してどのように伝播したのか。今後の研究により、インド洋での発見が進化の道筋を解明するための大きな一助になることが期待されている。

  

深海の生物の可能性を追って

 土田さんの専門は、世界の熱水噴出地域にだけすんでいるユノハナガニの研究だ。
 
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深海生物展示室の水槽で飼われているユノハナガニ。
「私が興味のあるのは、深海生物の生活史です。ユノハナガニは、熱水噴出域(海底温泉)に生息していて、その白い体がまるで湯の花のように見えることから名づけられました。現在、世界で10種類が生息しているとわかっています。ユノハナガニが生まれて、育って、子どもを増やして死んでいく、そんな一生を明らかにしたいと思っています。なにしろ深い海の底のことですから、毎日観察し続けるわけにはいきません。深海という特殊な環境の中で、かれらがどんな一生を送っているのか、まだ分からないことばかりなのです」 
 
 土田さんは、学生時代から浅い海にいるカニなど、海の生物の生態学を勉強していたが、海洋科学技術センターにきてからは、もっぱら熱水域の甲殻類の研究をしているという。
 
「陸の昆虫に対して、海の甲殻類というほど、海のあらゆる環境にカニやエビなどの甲殻類が生息していると言っても過言ではありません。各々の種は、多様な環境に適応すべく、独自の生態、生活史をもっていると考えられていますが、ほとんどの種でその生態に関する情報がないのが現状です。これまでの海洋研究によって多くのことが解明されてきましたが、深海の生態系については、まだまだ未解決な問題が多く残されています。いえ、むしろ私たちが知っていることは、非常に限られているといえるかもしれません。私たちが想像もつかない生物が、人目に触れることなく不思議な生活を繰り広げていると思います」
 
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深海生物展示室のハイビジョン映像には、次から次へと深海生物の姿が現れる。
 深海の生物の研究は私たちに何をもたらしてくれるのだろうか。まず、私たち人類も住む「地球システム」を知るという意味で重要である。また、化学合成生物からは美白作用物質や抗菌性、抗カビ性をもつ有用物質なども検索されており、潜在資源としても注目されている。さらには、深海生物は、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素のミッシングリンクの解明にも極めて重要な存在なのだという。
 
 深海の不思議な生態を持った生物は、未知との遭遇という夢を与えてくれると同時に、将来、環境問題解決への糸口になるかもしれない。


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